列車は四百五十哩の行程を前にしていきりたち、プラツトフオムは色めき渡つた。
私の胸には、もはや他人の身の上まで思ひやるやうな、そんな餘裕がなかつたので、テツさんを慰めるのに「災難」といふ無責任な言葉を使つたりした。
しかし、のろまな妻は列車の横壁にかかつてある青い鐵札の、水玉が一杯ついた文字を此頃習ひたてのたどたどしい智識でもつて、FOR A-O-MO-RI とひくく讀んでゐたのである。
列車は四百五十哩の行程を前にしていきりたち、プラツトフオムは色めき渡つた。
私の胸には、もはや他人の身の上まで思ひやるやうな、そんな餘裕がなかつたので、テツさんを慰めるのに「災難」といふ無責任な言葉を使つたりした。
しかし、のろまな妻は列車の横壁にかかつてある青い鐵札の、水玉が一杯ついた文字を此頃習ひたてのたどたどしい智識でもつて、FOR A-O-MO-RI とひくく讀んでゐたのである。