私は頗る不勉強な大学生ではあったが、けれどもこの瀬川先生の飾らぬ御人格にはひそかに深く敬服していたところがあったので、この先生の講義にだけは努めて出席するようにしていたし、研究室にも二、三度顔を出して突飛な愚問を呈出して、先生をめんくらわせた事もあって、その後、私の小さい著作集をお送りして、鈍骨もなお自重すべし、石に矢の立つ例も有之候云々、という激励のお言葉を賜り、先生はどんなに私を頭の悪い駄目な男と思っているのか、その短いお便りに依って更にはっきりわかったような気がして、有難く思うと共に、また深刻に苦笑したものであった。
けれども、私は先生からそのように駄目な男と思われて、かえって気が楽なのである。
瀬川先生ほどの人物に、見込みのある男と思われては、かえって大いに窮屈でかなわないのではあるまいか。