あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鐵の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの藝術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。
鬼才だの、文學の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狹いゆゑであつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。
このへんで、日本百科辭典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博學の士に一變して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顏をして、鬼に就いて縷々千萬言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供の繪本が一册ひろげられてあるきりなのである。