まことに無邪氣と惡魔とは紙一重である。
苦勞を知らぬわがままな處女の、へどが出るやうな氣障つたらしい姿態に對して、ああ青春は純眞だ、なんて言つて垂涎してゐる男たちは、氣をつけるがよい。
その人たちの所謂「青春の純眞」とかいふものは、しばしばこの兎の例に於けるが如く、その胸中に殺意と陶醉が隣合せて住んでゐても平然たる、何が何やらわからぬ官能のごちやまぜの亂舞である。
まことに無邪氣と惡魔とは紙一重である。
苦勞を知らぬわがままな處女の、へどが出るやうな氣障つたらしい姿態に對して、ああ青春は純眞だ、なんて言つて垂涎してゐる男たちは、氣をつけるがよい。
その人たちの所謂「青春の純眞」とかいふものは、しばしばこの兎の例に於けるが如く、その胸中に殺意と陶醉が隣合せて住んでゐても平然たる、何が何やらわからぬ官能のごちやまぜの亂舞である。