どうせ世捨人同然のひとなのだから、自分の言ふ事が他人にわかつたつて、わからなくたつてどうだつていいやうなものかも知れないが、定職にも就かず、讀書はしても別段その知識でもつて著述などしようとする氣配も見えず、さうして結婚後十數年經過してゐるのに一人の子供もまうけず、さうして、その上、日常の會話に於いてさへ、はつきり言ふ手數を省いて、後半を口の中でむにやむにや言つてすますとは、その骨惜しみと言はうか何と言はうか、とにかくその消極性は言語に絶するものがあるやうに思はれる。
「早く出して下さいよ。
ほら、襦袢の襟なんか、油光りしてゐるぢやありませんか。