あれもだめ、これもだめ、と捨ててばかりゐて、たうとう何も無くなつた。
ちよつと座談では言へるのであるが、ことごとしく純文學雜誌に「昨日、朝顏を植ゑて感あり」などと書いて、それが一字一字、活字工に依つて拾はれ、編輯者に依つて校正され、(他人のつまらぬ呟きを校正するのは、なかなか苦しいものである。
それから店頭に出て、一ヶ月間、朝顏を植ゑました、朝顏を植ゑました、と朝から晩まで、雜誌の隅で繰り返し繰り返し言ひつづけてゐるのは、とても、たまらないのである。
あれもだめ、これもだめ、と捨ててばかりゐて、たうとう何も無くなつた。
ちよつと座談では言へるのであるが、ことごとしく純文學雜誌に「昨日、朝顏を植ゑて感あり」などと書いて、それが一字一字、活字工に依つて拾はれ、編輯者に依つて校正され、(他人のつまらぬ呟きを校正するのは、なかなか苦しいものである。
それから店頭に出て、一ヶ月間、朝顏を植ゑました、朝顏を植ゑました、と朝から晩まで、雜誌の隅で繰り返し繰り返し言ひつづけてゐるのは、とても、たまらないのである。