殊にも藤野嚴九郎教授の海よりも深い恩愛に就いては、彼は後年、「藤野先生」といふ謝恩の念に滿ちあふれた名文を草してゐるほどで、「ただ先生の寫眞のみは今なほ僕の北京の寓居の東側の壁に、書卓に向つて掛けてある。
夜間倦んじ疲れて、懈怠の心が起らうとする時、頭をもたげて燈光の中に先生の黒い痩せたお顏を瞥見すると、いまにも抑揚頓挫のある言葉で話しかけようとしてゐられるかの如く思はれる。
と忽ち又それが僕の良心を振ひおこさせ、そして勇氣を倍加させてくれる」と書いてあります。
殊にも藤野嚴九郎教授の海よりも深い恩愛に就いては、彼は後年、「藤野先生」といふ謝恩の念に滿ちあふれた名文を草してゐるほどで、「ただ先生の寫眞のみは今なほ僕の北京の寓居の東側の壁に、書卓に向つて掛けてある。
夜間倦んじ疲れて、懈怠の心が起らうとする時、頭をもたげて燈光の中に先生の黒い痩せたお顏を瞥見すると、いまにも抑揚頓挫のある言葉で話しかけようとしてゐられるかの如く思はれる。
と忽ち又それが僕の良心を振ひおこさせ、そして勇氣を倍加させてくれる」と書いてあります。