次第に彼は、教育に關する御勅語、軍人に賜りたる御勅諭までさかのぼつて考へるやうになります。
さうして、つひに、中國がその自らの獨立國としての存立を危くしてゐるのは、決して中國人たちの肉體の病氣の故ではなくして、あきらかに精神の病ひのせゐである、すなはち、理想喪失といふ怠惰にして倨傲の恐るべき精神の疾病の瀰漫に據るのであるといふ明確の結論を得るに到ります。
然して、この病患の精神を改善し、中國維新の信仰にまで高めるためには、美しく崇高なる文藝に依るのが最も捷徑ではなからうかと考へ、明治三十九年の夏(六月)、醫學專門學校を中途退學し、彼の恩師藤野先生をはじめ、親友、または優しかつた仙臺の人たちとも別れ、文藝救國の希望に燃えて再び東京に行く、その彼の意氣軒昂たる上京を以て作者は擱筆しようと思つて居ります。