娘おとなしく成りて、やがて嫁入屏風を拵へとらせけるに、洛中づくしを見たらば見ぬ所を歩行たがるべし、源氏伊勢物語は心のいたづらになりぬべき物なりと、多田の銀山出盛りし有樣書せける」などの殊勝な心掛けの分限者の事やら、「ぬり下駄片足なるを水風呂の下へ燒く時つくづくむかしを思出し、まことに此の木履は、われ十八の時この家に嫁入せし時、雜長持に入れて來て、それから雨にも雪にもはきて、齒のちびたるばかり五十三年になりぬ、われ一代は一足にて埒を明けんと思ひしに、惜しや片足は野良犬めに喰へられ、はしたになりて是非もなく、けふ煙になす事よと四五度も繰りごとを言ひて、」やがて、はらはらと涙を流す隱居の婆樣の事など、あきれるばかり事こまかに報告してゐるのである。
すべて、仰望して以て手本となすべき人たちの行跡である。
私は熟讀して、それから立つて臺所へ行き、何かむだは無いかと、むづかしき顏をして四方を見𢌞せども、足らぬものはあつても、むだのやうなものは一つも發見できなかつた。