それは百姓のいそがしいときになると鳥右さんは人手の足りないやうな家へ手伝ひに来てくれました。
そして手伝ひといつても鳥右さんは、唐臼をまはすとか、田を耕すとか、俵をかつぐとか、いちばん力のいる仕事をしてくれたので、百姓家ではたいへんたすかりました。
けれども村人たちが、ほんたうに鳥右さんに感謝したのは、十日ばかりもつづけて村の山田をあらしに来た大猪を、鳥右さんが矢で射殺したときと、渡り者の山伏が、村の柿の木から、七十八の柿の実をぬすんで逃げようとしたのを、一里ばかりおつかけていつて七十一の柿の実をとりかへして帰つたときでありました。