お父さんの以南は栄蔵に学問をさせ智識をつけて、名主の職をつがせねばならないと考へた。
そこで栄蔵は、少し離れた地蔵堂町狭川の子陽といふ先生が開いてゐる塾に通学をはじめる。
袴をはき、用具の包を抱へこんで、少し前こごみになつて歩く痩せた少年栄蔵の姿が、海沿ひの街道を毎日往き来するのを出雲崎の人々は見た。
お父さんの以南は栄蔵に学問をさせ智識をつけて、名主の職をつがせねばならないと考へた。
そこで栄蔵は、少し離れた地蔵堂町狭川の子陽といふ先生が開いてゐる塾に通学をはじめる。
袴をはき、用具の包を抱へこんで、少し前こごみになつて歩く痩せた少年栄蔵の姿が、海沿ひの街道を毎日往き来するのを出雲崎の人々は見た。