表へ出れば人の波にさらわれるかと思い、家に帰れば汽車が自分の部屋に衝突しはせぬかと疑い、朝夕安き心はなかった。
この響き、この群集の中に二年住んでいたら吾が神経の繊維もついには鍋の中の麩海苔のごとくべとべとになるだろうとマクス・ノルダウの退化論を今さらのごとく大真理と思う折さえあった。
しかも余は他の日本人のごとく紹介状を持って世話になりに行く宛もなく、また在留の旧知とては無論ない身の上であるから、恐々ながら一枚の地図を案内として毎日見物のためもしくは用達のため出あるかねばならなかった。
表へ出れば人の波にさらわれるかと思い、家に帰れば汽車が自分の部屋に衝突しはせぬかと疑い、朝夕安き心はなかった。
この響き、この群集の中に二年住んでいたら吾が神経の繊維もついには鍋の中の麩海苔のごとくべとべとになるだろうとマクス・ノルダウの退化論を今さらのごとく大真理と思う折さえあった。
しかも余は他の日本人のごとく紹介状を持って世話になりに行く宛もなく、また在留の旧知とては無論ない身の上であるから、恐々ながら一枚の地図を案内として毎日見物のためもしくは用達のため出あるかねばならなかった。