見方次第では痩我慢とも虚栄心とも解釈のできるこの気位が、叔母に対する彼女を、この一点で強く牽制した。
ある意味からいうと、毎日土俵の上で顔を合せて相撲を取っているような夫婦関係というものを、内側の二人から眺めた時に、妻はいつでも夫の相手であり、またたまには夫の敵であるにしたところで、いったん世間に向ったが最後、どこまでも夫の肩を持たなければ、体よく夫婦として結びつけられた二人の弱味を表へ曝すような気がして、恥ずかしくていられないというのがお延の意地であった。
だから打ち明け話をして、何か訴えたくてたまらない時でも、夫婦から見れば、やっぱり「世間」という他人の部類へ入れべきこの叔母の前へ出ると、敏感のお延は外聞が悪くって何も云う気にならなかった。