それが元気のやり場所に困るからというよりも、なるべく相手を不愉快にしたくないという対人的な想いやりや、または客を前に置いて、ただのつそつとしている自分の手持無沙汰を避けるためから起る場合が多いので、用件以外の彼の談話には、彼の平生の心がけから来る一種の興味的中心があった。
彼の成効に少なからぬ貢献をもたらしたらしく思われる、社交上極めて有利な彼のこの話術は、その所有者の天から稟けた諧謔趣味のために、一層派出な光彩を放つ事がしばしばあった。
そうしてそれが子供の時分から彼の傍にいたお延の口に、いつの間にか乗り移ってしまった。